福井女子中学生殺人事件と再審無罪──34年越しに明らかになった証拠隠しと刑事司法の課題
【福井女子中学生殺人事件──34年越しに明らかになった“証拠隠し”と再審無罪】
■ はじめに
1986年に福井で起きた女子中学生殺人事件。
この事件は、私自身も地元出身の衆議院議員として、そして弁護士として、強い関心を寄せてきた冤罪事件の一つです。
今年、34年越しに再審無罪が確定し、新たに開示された証拠から、検察・警察による重大な問題が明らかになりました。
刑事司法の信頼は、国民の生活と権利を守る大前提です。
今回の判決と証拠が示した事実は、一つの事件にとどまらず、日本の刑事司法制度そのものを問いかけるものです。
私は、できるだけ平易に、しかし事実を損なうことなく、この事件の経緯と問題点を記録しておきたいと思います。
■ 事件と裁判の経緯
1986年、福井市で女子中学生が卒業式の夜、自宅で一人留守番をしていた際に殺害されるという痛ましい事件が起こりました。
当時21歳の前川彰司さんは殺人容疑で逮捕・起訴されましたが、一貫して無罪を主張。
殺人を裏づける客観的証拠も目撃証言もありませんでした。
唯一の根拠は、覚醒剤使用罪で留置されていたA氏の事件から半年以上たってからの供述と、主要関係者5名の供述。しかしこれらは内容が変遷し、信用性に疑問がありました。
● 一審は無罪、控訴審で逆転有罪
福井地裁はA氏と主要関係者の供述の信用性を否定し無罪判決を下しました。
しかし控訴審(名古屋高裁金沢支部)は一転有罪へ。最高裁も上告を棄却し、有罪が確定しました。
前川さんは懲役7年を服役後、再審請求(裁判のやり直し)を申立てました。
■ 第一次再審請求──再審開始決定が“検察の異議”で取り消し
平成23年、第一次再審請求で裁判所は再審開始を決定。
つまり裁判のやり直しを決めました。しかし検察官が異議申立てを行い、再審開始決定は取り消されました。
■ 第二次再審請求──287点の新証拠が開示
令和4年に行われた第二次再審請求では、裁判所の強力な訴訟指揮のもと、捜査報告書、供述調書など287点の証拠が新たに開示されました。
その中に、再審開始を決定づける“決定的な証拠”が含まれていました。
■ 有罪の核心を崩したテレビ番組の放送日
有罪の根拠となった供述には、
「事件当日、『夜のヒットスタジオ』を見た夜に、前川さんの服に血痕がついていた」
という重要な証言がありました。
しかし、新証拠から判明したのは、
その番組は事件当日ではなく、1週間後の放送だった
という第一審公判途中の捜査報告書でした。
つまり、血痕目撃供述の前提が成立せず、その信用性が崩れたのです。
■ さらに深刻な“検察官の証拠隠し”
さらに重大なのは、
検察官は一審の途中でこの事実を把握していたにもかかわらず、それを裁判で明らかにせず、事件当日の放送であるかのように扱い続けた
という点です。
この事実が一審で開示されていれば、
一審の無罪は当然のこと
控訴すら行われなかった可能性が高い
と言わざるを得ません。
■ 捜査機関による誘導・利益供与
主要関係者の供述は、捜査が行き詰まった捜査機関による不当な誘導、留置場での優遇や結婚祝いといった利益供与によって作り上げられ、維持された可能性が高いことも明らかになりました。
■ 裁判所の厳しい指摘
再審開始決定及び再審無罪判決では、裁判所は検察官を強く批判しています。
再審開始決定においては
☆「確定審検察官の訴訟活動は、知らなかったという言い逃れができるような話ではなく、少なくとも確定審検察官において不利益な事実を隠そうとする不公正な意図があったことを推認されても仕方がない」
☆「確定審検察官の訴訟活動は、公益を代表する者としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為と言わざるを得ず、適正手続確保の観点から到底容認することはできない」
今年7月18日、名古屋高裁金沢支部の無罪判決では
☆「確定審検察官がこの誤りを適切に是正していれば、そもそも再審請求以前に確定審において原審の無罪判決が確定した可能性も十分に考えられるのであって、上記のような確定審検察官の訴訟活動に対しては、その公益の代表者としての職責に照らし、率直に言って失望を禁じ得ない」
☆「以上のような検察、警察の不正、不当な活動ないしその具体的な疑いは、単に検察、警察に対する信用を失わせるのみならず、刑事司法全体に対する信頼を揺るがせかねない深刻なものである。検察官の主張は、これらの検察、警察による不正な行為等から目を背けた主張というほかはなく到底採用することができない」
ここまで、裁判所から検察が痛烈に批判された事件があっただろうか。
■ 組織ぐるみの証拠隠し?
特筆すべきは、証拠を隠したのが“一人の検察官個人の過ち”ではなかった点です。
確定審、第一次再審、第二次再審に関わった
19名の検察官全員が証拠をだそうとしなかったと弁護団は主張しています。
第二次再審請求審では裁判所が証拠の任意開示を促しても、検察側は
「高検担当者全体の意向」
として拒否。
裁判所が開示命令の可能性を示したことで、ようやく287点の開示が実現したということです。
これでは検察官は「公益の代表者」ではなく、組織防衛を優先していたと言わざるを得ません。
■ 再審法改正への教訓
現在、再審法改正が法制審議会(法務大臣の諮問機関)で議論されています。
今回の事件が示した教訓は明確です。
• 再審請求審での証拠開示義務の制度化
• 検察官の抗告(不服申立て)禁止もしくは制限の明文化
冤罪を再び生まないため、制度改革は不可欠です。さらにこの事件で深刻なことは、無罪の人を警察と検察が殺人犯と決めつけ、証拠を隠し、結果として本当の犯人を逃がしてしまったことです。冤罪は被告人のみならず、犯罪被害者にとってもあってはならないことなのです。
■ おわりに
今回の再審無罪は、単に一人の冤罪を正したというだけではなく、
刑事司法に対する信頼を失わせた事件でした。しかも真犯人を捕まえることができなかったことにより被害者及びその遺族の人権までも損なってきたのです。真犯人を見つけることにこそ、捜査機関の使命はあるはずです。
20名近い検察官が証言の真実性を揺るがす証拠の開示を拒み続けたという事実は、検察組織の在り方、意識そのものを問い直す必要がある深刻な問題です。
再審法改正において、この教訓を制度に反映し、同じ過ちを繰り返さない仕組みをつくらなければなりません。
そのために、変えるべきところは勇気をもって変える。
検察の不祥事が続く中、最高検が作成した「検察の理念」では「自己の名誉や評価を目的として行動することを潔しとせず、時としてこれが傷つくことも恐れない胆力が必要である。権限行使の在り方が独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものになっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つべき」とあります。
再審法の改正においては「検察の理念」にのっとった謙虚な姿勢で、度重なる冤罪による失われた刑事司法に対する信頼を回復する内容にしなければならないと思います。


