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農林部会ご報告

 3月31日に自民党本部で農林部会・総合農政調査会・林政調査会が開催され、平成20年度の白書が議論されました。私も久しぶりに発言しました。

・事故米・選択的減反・ヤミ専従と続いて農政は正念場にある。世論におもねらず、敵にまわさずメッセージを出してほしい。事故米については事件直後の安全委ではまったく人体には問題ないと報告されたが中国餃子と同じに取られていることもきちんというべきことをいっていないからだ。
・選択的減反については農水省は検討していないといっていたが現在、生産調整をやめた場合の数字を検討し報告を出すといっている。それではいくら水田フル活用元年といい、新規需要米に補助してもいずれ生産調整がなくなるとすれば思い切って取り組めない。
・今の自民党農政は民主のばら撒きでもなく、山下一仁氏が提言しているような主要農家のみを生き残らせる過激な改革でもなく、農業体質を強くしながらも常に現場の意見をききながら調整していくという妥当なもの。改革を一気に進めることにより農業と農村をつぶしてしまってはいけない。
・今政府がいう農政改革、農水省改革は一体何のための改革なのか。改革の目的は農村、地域コミュニティを守り、農業を強くすることだ。その目的なくして改革をいうことは強欲資本主義にいきつく。

介護福祉議連ご報告

今朝8時から自民党本部で介護福祉議員連盟(森喜朗)が開催され出席しました。

 群馬県渋川市における老人施設火災について説明を受け、その後介護分野における景気・雇用対策についても意見交換しました。

 私も「前回の安倍政権下の参議院選挙で自民党が大敗したのは年金問題だった。今回の選挙で自民党引き摺り下ろそうという勢力は、今マスコミでも取り上げられ大問題になっている介護問題に焦点をあててくるのではないか。今日議論となった施設火災や自殺、殺人なども社会問題になっている。国民に目に見えるかたちで介護難民45万人の解決策にむけてなんらかの対策を講じるべきだ」と発言しました。

勉強会報告

 今朝8時から党本部で稲葉大和先生の火曜会が開催され、東京大学大学院教授吉川洋先生が「日本経済の見通しと対策」をお話されました。
 
 内容は現在の経済状況が戦後最大の不況にあること消費が非常に落ち込んでいる理由は社会保障などの将来不安があることなどにあると指摘され、場当たり的な経済対策ではなく大きな流れを見据えた上での対策をすべきであるというお話でした。

 私も質問をし「先週総理が21年度の補正予算を視野にいれて与党に追加経済対策の指示をされたが、大きな流れという観点から どのような分野に経済対策をすべきか」と尋ねました。吉川先生は住宅、介護、医療という分野を例としてあげられ、公共事業については具体的に優先順位として何をやるべきかを政治決断すべきだといわれました。また消費税についても社会保障の将来不安をなくすという観点から増税が必要であること社会保障番号制導入の必要性をおっしゃっていました。大変有益なお話でした。

公務員改革論議に欠けるもの

2月20日付け産経新聞・正論欄で、公務員改革について私の考えを述べました。

                             

≪事実無根の濡れ衣批判≫
 政治がポピュリズムに毒されていないか。政治家が世論に迎合し、マスコミからの批判を恐れて言うべきことを言わず、反論すべきことを反論しないようでは、国は危うい。

 いま話題の公務員の「天下り」(各府省による再就職のあっせん)「わたり」(2回目以降の天下り)について昨年末、限定的な条件で最長3年間だけ認めた政令がいわれなき非難をあびた。麻生総理は政令はあっても実際には承認しないと答弁し、さらに、今年中に政令上も禁止すると明言した。
 総理の判断をとやかく言うつもりはない。だが、その前提として、「法律で禁止された天下りやわたりをこっそり認める政令をつくった」などという全く事実無根の濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)は、きっぱりと晴らすべきである。
 安倍政権下の平成19年、改正国家公務員法が成立し、各府省のあっせんによる天下りなどを禁止した。あっせんは新設する「官民人材交流センター」に一本化する。ただし3年間(正確には3年以内で政令で定める日まで)の移行期間に限っては、各府省のあっせんをごく例外的な場合に認めることとした(改正国公法附則5条)。

                             

≪天下り根絶の本質論は≫
 これはいわば車が急ブレーキをかけて止まるまでの“制動距離”のようなものである。なお、総理の承認権限は新設する監視委員会に委任する予定であったが、監視委員会の委員が野党の不同意で決まらなかった。委員会が設立されるまでの間は総理自身が承認することとされたが、これとて何の違法性もない。
 なぜ、このいわれなき中傷に対し反論しないのか。野党ならともかく自民党内部で政令を批判し、世論迎合の意見ばかりが噴出していることに情けない気持ちでいっぱいになった。いったい、だれがあの改正国公法をつくったのだ、と。
 問題は、天下り根絶がなぜ必要なのかという本質論が欠けていることだ。それは官民の癒着や行政のゆがみ(業界偏重)をなくすことだ。
 許認可権限の及ぶ業界への再就職が念頭にあれば、どうしても業界に甘くなり、消費者保護、国民目線の行政が劣化する。それが、たとえば「消費者庁」という役所を新たにつくらなければならなくなった理由だろう。国民の行政不信、ひいては政治不信を払拭(ふっしょく)するには、行政の中立公正さを損なう天下りは根絶しなければならない。
 しかし、民主党が言うように、天下り根絶で12・6兆円の予算削減ができるというのは真っ赤な嘘(うそ)である。天下り職員のいる公益法人などの公的事業をすべて廃止するという絵空事を前提とした数字である。天下り職員の人件費はその1%ほどにすぎない。

 ただ、そのような嘘がまかり通るのも天下りがあるからだ。これを根絶することで、増えゆく社会保障費を賄う消費税増税など国民負担への拒絶反応は緩和されるはずだ。
 従来、退職後2年間は許認可の及ぶ営利企業への再就職は自粛とされた。今回、官民人材交流センターへの一元化で2年の縛りがなくなり、特殊技能をもつ官僚はセンターを通じていつでもあっせんを受けられる。とすれば、官民癒着によるゆがみを正すことはできない。

                             

≪真の公僕集団をつくれ≫
 さらに、禁止される天下りには、あっせんによらない自分の才覚で見つける再就職は含まないから、その意味でも官民癒着はなくならない。やはり、在職期間の長さに応じた一定期間はいかなるルートであれ、許認可の及ぶ業界などへの再就職を禁止すべきである。
 ただし、肩たたきで役所を追い出されながら、許認可の及ぶ先への再就職も事実上禁止され路頭に迷うということではいけない。そんな不安定な職場に有為の人材が集まることは期待し難く、それでは角を矯めて牛を殺す結果になる。定年までは働けることにし、ケースによって給料の据え置きや引き下げにより人件費を抑えることを考えるべきである。
 それでも、一時的には人件費の総額は増加するだろう。だが、しかし長期的視野で考えれば、これまで天下りを受け入れさせられた民間企業や公益法人などの人件費は削減できる。国民トータルとしての負担は確実に軽減されるはずだ。

 いま一度、公務員制度改革の本旨は何かという原点に立ち戻るべきだ。国民の行政への信頼を回復するための議論をしなければ、国家の行く末を誤ることになる。国家有為の人材が集い、目を輝かせて国益と国民の幸福のために滅私奉公、切磋琢磨(せっさたくま)する公僕の集団をいかにつくるか。これができれば官民人材交流センターも消費者庁も基本的には必要ない。

農業基本政策委員会報告

 2月4日、自民党本部で農業基本政策委員会が開催され、おもに昨日朝日新聞一面トップの「減反選択制」の問題について議論がなされました。私は発言しなかったのですが、議論の中身は以下のようなもので、私の感想も含めてご報告します。

 「減反選択制」は農水省内部で検討されている事実はない(役所答弁)。出席議員からは「減反選択制」は昔から議論つくされた話でいまさら議論することがおかしいとか、この時期に減反政策見直しを大臣が主張する真意がわからないという意見が続出しました。また昨年来取り組んできた「水田フル活用」を充実させることのほうが先決であるという意見が多く出されました。
 
 議論を聞いていて、私の感想として、朝日新聞が一面トップに「減反選択制」を書く根拠としてなんらかの下地が役所でもあったのではないかと思いました。大臣はこれを否定していないのも事実です。

 また一般国民からすれば 減反政策=耕作放棄地、自給率低下という図式で考えるのが一般であり、今回の「減反選択制」に自民党農政が反対しているという構図が、”抵抗勢力”という位置付けにされる恐れがあると危惧しています。

 「水田フル活用」の中身を明らかにして農家と国民に説明する必要を痛感しました。

農林部会報告

 1月29日、自民党本部で農林部会・総合農政調査会・林政調査会、合同会議が開催されました。
本国会に提出予定の米関連3法案の概要、雇用対策について農水省から説明があり、その後全体議論がなされました。
私も下記のような発言をしました。

 
 地元では「正直者が馬鹿をみない」「第一線の農家の汗と努力が報われる農政」を訴え続けてきた。大臣の生産調整見直し発言、総理の農政抜本改革という言葉の真意をはかりかねている。昨日の一般紙をみると政府と自民党の間の対立が書かれていたが、一般国民は減反政策=耕作放棄地という誤ったイメージをもっている。それを前提にすると自民党農政が耕作放棄地を促進しているかの誤解を受けることになる。
 
 わが県のようにきちんと生産調整に取り組み、自民党農政についてきてくれた農家が馬鹿をみないようにしてほしい。

 
 消費税のときもそうだったが自民党と政府が対立をし、それをマスコミが騒ぎ立てることが民主党を利することにならないか。一昨年秋の米価下落騒動に対し自民党主導で短期間で緊急対策を講じたときに自民党農政のダイナミックさを感じたが、そういう自民党農政ができるように官邸とも連携を図ってほしい。

消費税問題について

消費税問題について、1月20日の自民党の政調全体会議において以下のように発言致しました。

消費税については、中期プログラム以上でも以下でもない。これは政審・総務で了承され、閣議決定がなされている。与党PTでも了承されたということは公明党も了承ずみである。何が問題なのかわからない。
 内容も2011年から必ず消費税増税するといっているのではなく、景気回復を前提に2011から実施できるよう法的措置をするというまっとうなことが書いてあり、そのとおりというしかない。
 年金の国庫負担を2分の一に引き上げる前提として税制抜本改革するとしていたのに、できていないのは、わが党が消費税から逃げていただけのこと。それでも法律に書いてあったから2分の1に引き上げて、財源がないから、本来借金再建にまわすべき特別会計を取り崩す特例をつくって、二年間分手当てした。そのあとはどうするのか?責任与党として、そのあと消費税増税の手当てするのはあたりまえで、それもいえないとしたら無責任である。
 総理が中期的には責任といっている。そのとおりだ。書きぶりがどうの、表現がどうの、国民が誤解するだの、枝葉末節で自民党ががたがたもめてることが、いかに民主党を利することになっているか考えてもらいたい。
 民主党は定額給付金でもめてるならそれを除いた第二次予算をだし、付則でもめそうならそれを除いた法案をだす、なんていうパクリ政党だ。今わが党がやるべきことはうちわもめではなく、パクリ政党・ばら撒き政党の民主党と真っ向勝負することだ。  

整備新幹線等鉄道調査会での発言

「わが福井は自分の県だけでなく三線一括認可を求めます。

しかし、かりに三線同時認可が認められないとすれば、最も割をくうのは、東海道の代替路線であり、もっとも優先度の高い福井なんです。特に福井駅800メートルの新幹線の駅は今年中に実質上完成します。駅は雨ざらしですか?

認可申請は平成8年にして13年たちます。県議会では平成15年に本会議で新幹線がこないのなら原子力政策に協力できないと決議しています。今回も県議会ではもんじゅ再開に同意できないという意見もでてきています。

今新幹線をやらなくて一体いつやるんですか。週末のテレビをみていても景気対策で財政出動すべし、といっています。今回の認可をお願いします。」

国籍法改正案について

11月27日付け産経新聞・正論欄に執筆致しました。

国籍付与は国会の権限 -DNA鑑定は慎重に-

 だれに国籍を与えるか、だれを国民として認めるか、これは国にとって基本的かつ重大な問題である。だからこそ憲法10条で国権の最高機関である立法府にその広い裁量が認められている。もちろん、国民は平等に扱わなければならないが、それは本来国民になってからの問題で、だれを国民と認めるかは立法の裁量であり、主権の問題なのである。
 
 現在の国籍法の3条1項を最高裁は6月4日違憲と判断し、この判決を受けて改正案が衆議院を通過し参議院で審議されている。現在の国籍法は、日本人の父が出生後認知した子(母親は外国人)は父母が結婚(準正)してはじめて日本国籍を認め、単に父が認知したにすぎない場合には日本国籍を認めていない。6月4日、最高裁はこの規定が憲法14条の平等の原則に違反し違憲だとした。さらに国籍法3条1項が「父母の婚姻」を要件としているところを無効として、子に日本国籍を与えた。この判決は二重の意味で問題がある。

 まず、最高裁が違憲とした理由である この規定ができた昭和59年から今までの間の我が国の家族のありかたの変化は、法律を違憲とするほどの変化とはいえない。さらに最高裁が単に違憲を宣言したにとどまらず、勝手に国籍法3条1項を読み替えて、国籍を付与してしまったことは司法権の逸脱である。民主的背景を持たない裁判所による事実上の立法がなされてしまったのだから。
それでも最高裁判決なのである。憲法解釈の最高権威であり、違憲立法審査権をもっている最高裁が現在の国籍法を違憲と判断した以上、立法府はその判断を尊重しなければならない。しかし盲目的に従うのではなく、立法府の矜持を示して最高裁の判断を尊重しつつ、できるかぎりさまざまな場合を想定して慎重に審議し、国籍付与を立法府の裁量としたことを意味あることとすることが国会に求められている。
 
 今回の改正について多くの反対意見が寄せられた。そのほとんどが偽装認知の横行への不安からDNA鑑定を必須条件にせよというものである。偽装認知は全力で防がなければならないが、DNA鑑定を要件とするのは、日本の家族法制度に変容をきたすおそれがないか慎重に検討しなければならない。昨年自民党内で民法772条の300日規定が見直されようとしたときに、私はDNA鑑定を法制度にもちこむことの危険性を主張した(平成19年4月17日 本欄参照)。民法は親子関係=生物学的親子という考え方をとっておらず、法的親子関係は子の安全な成長を確保するための法制度であって、安易にDNA鑑定を取り入れることは、生物学的親子関係をすべてとする風潮につながりかねず、民法の家族法制度を根本から覆す結果になるおそれがあるからだ。これに対して国籍付与の前提としての認知にDNA鑑定を行うことは「血統主義」をとる我が国では当然であり、民法の親子関係に直接影響を与えるものではないと主張する人もいる。
しかし、仮に国籍付与の認知にDNA鑑定を要件とすれば、今までであれば、父の認知後父母が婚姻をして準正により当然に国籍を付与していた場合にもDNA鑑定を要件としなければ平仄が合わない。なぜなら最高裁は「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは、子にとってはみずからの意思や努力によっては変えることのできない身分行為」であり、これによって区別することは憲法14条の差別だとしたのだから、認知しただけの非嫡出子にDNA鑑定を要件とするのであれば父母が結婚した嫡出子にもDNA鑑定を要件としなければ再度最高裁に憲法違反をいわれるおそれが大きいからだ。
さらには現行法で当然に国籍を付与する、日本人男性が「胎児認知」した場合にも、結婚している外国人母、日本人父の間に生まれた子にもDNA鑑定を要件としなければバランスが悪い。
しかし、父母が結婚している場合にまでDNA鑑定を要件とすることは、婚姻中に妻が懐胎した子を夫の子と推定している民法772条に真実の父を確定するためのDNA鑑定を持ち込まないとつじつまがあわなくなるおそれがある。
そもそも国籍法上の「血統主義」は子の出生時に母または父が日本国籍であることを要求するということであり、そこにいう「父」は生物学上の父ではなく法律上の親子関係の発生した父を指す。つまり「血統主義」だからDNA鑑定を義務付けるのが当然とはならないのである。 むしろ国籍付与の条件としての父子関係と民法上の父子関係とはちがうとして、国籍付与の場合にのみDNA鑑定を要件とするという考え方は、法的父子関係を複雑にし、理論上はありえても法制度として妥当とは言いがたい。
 DNA鑑定を要件とすることによる偽装の防止と民法の家族制度のあり方への影響は慎重に検討しなければならない。それゆえ衆議院の付帯決議には将来の課題として『父子関係の科学的確認を導入することの要否と当否について検討する』という文言が入れられた。現時点では届出の際に認知した日本人男性との面談を義務付け、母と知り合った経過を確認するなどして偽装認知でないことを調査するなど運用面での防止策を充実させる方途をしっかりと模索すべきである。   

福井出版記念パーティー お礼のあいさつ

親愛なる 福井の皆様  こんにちは  稲田朋美です。
今日は私を激励するパーティーにこんなにもたくさんの方々がお集まりくださいました。 また 中央から お忙しいご公務のなか若林農林水産大臣も駆けつけてくださいました。大臣は例えば経済財政諮問会議のなかの農地政策の議論のなかで総理の発言のあとに「総理お言葉ですが・・」とたとえ総理の意見であったとしても 日本の農業のためにおかしいと思う意見については 信念をもって断固として発言をされています。今正念場にある農業にとってとても頼りになる大臣です

さて、福井に帰ってきて選挙に出て、皆様方のおかげで当選し、もうすぐ3年になろうとしています。ゼロから出発して、後援会が30できました。連合後援会もでき、今年は連合会長の吉田会長に中心となっていただいてこうして、激励する会を開催することができました。本当にありがたいことです。

しかし、この3年間で日本は、そして世界の情勢は大きく変わりました。アメリカ発のサブプライムローンによる損失、とどまるところを知らない原油高、食糧不足、食料高騰、大規模自然災害など・・なにか大きな危機がそこまできているような そんな感じすらします。

1 政治家は理念を語れ

一方で日本の政治は ねじれ現象に代表されるように どうしようもなく行き詰まり、いいようのない閉塞感に包まれています。
わが福井もまた 東京との格差、経済、農業、街づくり、福祉、教育、社会整備などなど・・多くの課題を抱えています。毎週末地元に帰り、地区回りをしていますと 地元の皆様から さまざまなご批判をいただきます。それでも毎週 福井に帰ってくると 安堵感と落ち着きを感じるのです。

先日、地元のある女性の支援者が私に質問をしました。「自民党は一体日本をどういう国にしたいのでしょうか。それがわかりません」と。その素朴で本質的な問いかけに私は言葉につまりました。自民党は日本をどのような国にしたいのか それをメッセージとして伝えなければなりません。 

2 アメリカ型資本主義から日本型資本主義へ

私は今の市場原理主義的な経済、社会に疑問をもっています。強いものが勝つ、違法でなければ、咎められないなら勝つためには何でもする遵法意識、これと裏腹のお為ごかしの形式的なコンプライアンスの尊重、これらは人々を豊かも幸福にもしません。アメリカ型の略奪型資本主義は、農耕民族の日本にはあっていないのです。アメリカ型略奪資本主義の結果、公の精神やモラルは崩壊し、拝金主義が行き渡り、経済だけでなく、政治までもが、富める者の僕(しもべ)となり下がり、政治家の単なる生活の手段と成り下がっていないでしょうか。
皆さんご存じですか。アメリカは人口3億人(?)の1%の豊かな人が国民全部の40パーセントの富を所有している国で、3900万人が貧困ライン以下で生活に苦しみ、4500万人が健康保険にさえ加入できず、充分な医療すら受けられないでいるのです。これが豊かな国といえますか。皆さんは日本をアメリカのような国にしたいのですか。
今、ポスト資本主義という言葉が目につくのは、資本主義の行き着いた先、アメリカ型の略奪型資本主義が決して人間を幸せにしないということが明らかになったからなのです。

では、ポスト資本主義、アメリカ型の略奪型資本主義、市場原理主義のあとにくるのはどのような経済、社会なのでしょうか。私は日本型の資本主義ではないかと思っています。かつての日本では、経済が成長するにしたがってみんなが豊かになりました。もちろん、頑張った人が報われる社会でなければなりません。社会主義や結果平等主義ではいけません。しかし、豊かな人だけがますます豊かになり、豊かでない人は明日への希望が持てないということではいけません。例えば会社は株主のものであるからといって、従業員はできるだけ安く使い、果実はすべて経営者と株主がもっていくということで果たしてよいのでしょうか。

3 日本の福井化
日本再生のモデルは福井にあります。すべてのヒントはこの福井にあるのです。新幹線も空港もない、でもこの福井は日本一のすばらしい県です。もしかしたら不便だったからこんなに日本のよいところを残しているのかもしれません。福井は中小企業、ものづくりの県です。しかも業界世界一や業界日本一を誇る 頑張っている中小企業がたくさんある県です。
終身雇用で従業員を家族のように考え 大切にする そしてマネーゲームではなく ものづくりに価値を見出す。このような福井の中小企業のあり方がこれからの日本経済の、そして世界経済の主流になければなりません。また福井はコメ作りの県です。私もかならず田植えと稲刈りをします。自然の恵みをうけておコメをつくり、収穫をみんなで喜び、神に感謝する。これは天照大神以来の日本の伝統であり文化です。福井の田園風景は日本の美の象徴です。福井の農業を守り、日本の農業を守ることがこの国の伝統、文化そして日本人の食料、ひいては日本の主権を守ることになるのです。食料自給率39パーセントの国を主権国家とはいえません。

私は今、日本を福井化すること 日本全部を福井のようにすることで日本を再生することを考えています。
福井から東京をみると 格差ばかり目につきます。 しかし反対に東京から福井をみると 福井は日本が戦後失ってきたものをまだ残し 人々が心豊かに生活している 最高の県なのです。 共働き、三世代同居が多く 地域のコミュニティーがあり 文化や学術がさかんです。 農業とものづくりを大切にし 凶悪犯罪が少なく 学力が高い。これらの福井のよさは すべて日本が戦後60年かけて、アメリカ化する中で、失い続けてきたものなのです。家族 地域社会 国 戦後の日本が壊し続けてきた日本のよき伝統を守っているのが福井なのです。
アメリカがそうだからといって、誤った道を歩み続ける必要はありません。
日本の伝統をしっかりと取り戻しながら新しい日本を創っていく、まさしく私の政治信条である「伝統と創造」その中心が福井県なのです。
 

4 道義大国日本

 日本を福井化することにより私が目指しているのは、道義大国日本の建設です。利害や損得だけではなく、常に公共的な観点から政治は動かされなければなりません。政治の役割は、障害や病気など何らかの理由で恵まれない人々の暮らしを向上させるために全力を尽くすことです。ごく一部の富裕層と多数の貧困層が対立する国ではなく、頑張る能力と意欲のある人が報われ、そして、頑張りたくても頑張れない人も、人間らしく暮らすことができる、必要な医療を受けることができるように、頑張って報われた人が、義務や強制からではなく自発的に社会的な責任を果たす国、これが日本のめざすべき社会であります。 日本は、経済大国であるだけではなく道義大国を目指さなければなりません。倫理観の高い、自由で民主的な国、国民が日本人であることに「誇り」を感じ、その歴史と伝統を世界に誇れる、そして世界から、その気高さを敬われる国、経済的に繁栄し、しかも社会正義が貫かれる国です。
日本を福井化し、日本的価値観を世界に広めることで、世界の紛争や環境問題も解決することができるのです。そうして、日本の良さを、そして福井の良さを世界にわかってもう。そうすれば、福井は日本的価値のメッカとなり、巡礼者が世界から集まることでますます栄える、これが私の描く福井の将来像です。
そのためにみなさんとともに行動することをお誓い申し上げて本日のお礼の挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。(平成20年6月29日)